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ソニーはなぜ「WH-1000XM6」をレコーディングスタジオのエンジニアと“共創”したのか

WH-1000XM6

ソニーから久々に登場した、最上位ワイヤレスヘッドフォン「WH-1000XM6」(直販価格59,400円)。5月30日の発売に向けて注目が集まっているが、最大の特徴は、ソニーの開発陣と、グラミー賞受賞/ノミネート歴のあるサウンドエンジニア達が共創したという音質。そのこだわりを深堀りするイベントが、まさに音楽が生まれる現場であるソニー・ミュージックスタジオで16日に行なわれた。

ソニー・ミュージックスタジオ

WH-1000XM6の詳細については、下記のニュース記事や、編集部員によるレビュー記事をご覧いただきたい。

特徴をザックリ振り返ると、主に以下の5点となる。

  • 専用開発のドライバーユニットを採用し、マスタリングエンジニアと共創した音質
  • 進化したQN3プロセッサーと12個に増えたマイクを使った世界最高クラスのNC性能
  • ステレオ音源も映画館のような臨場感ある音で再生する「360 Upmix for Cinema」
  • AIビームフォーミングやノイズリダクションAIなどで通話性能も進化
  • 装着性や携帯性の向上

マスタリングエンジニアと共創した理由

この中でも、最も注目なのは「マスタリングエンジニアと共創した音質」だろう。具体的には、アリアナ・グランデや宇多田ヒカルの楽曲を手掛けたSterling Soundのランディ・メリル氏、リアーナやBLACKPINKの楽曲を手掛けたSterling Soundのクリス・ゲーリンジャー氏、ボブ・ディランやジェームス・ブラウンの楽曲を手掛けたBattery Studiosのマイク・ピアセンティーニ氏、そして、アリシア・キーズの楽曲やスター・ウォーズのサウンドトラック(エピソード4,5,6)を手掛けたCoast Masteringのマイケル・ロマノフスキ氏が、音質の調整に携わっている。

音楽作品を作る工程には、大まかに、歌や演奏を録音する「レコーディング」、それらをマルチトラックで録音した素材を調整する「ミキシング」、そしてアーティストの意見などを聞きながら様々な調整を行ないつつ、最終的に2chなどの音源として完成させる「マスタリング」という流れがある。

WH-1000XM6の音質設計を担当した井出氏によれば、今回は音質の調整に携わったエンジニアは、いずれもマスタリングも行なう人たちだという。

WH-1000XM6の音質設計を担当した井出氏

その理由を井出氏は、「マスタリングは、音楽を作る時の最終工程。組み立てられてきた音楽を、マスタリングエンジニアが、クリエイターやアーティストの意図を汲みながら、音質や音量感など、様々な調整をします。つまり、(アーティストがリスナーに)“聴いて欲しい音”を理解している人達が、マスタリング・エンジニア。彼らの意見を聞くことで、ヘッドフォンに、音楽の重要なエッセンスを取り入れようと考えた」と説明。

また、「Battery Studiosは、もともとソニー内部のマスタリングスタジオということもあり、十数年関係があります。これまでも、ヘッドフォンの音質設計をするにあたり、同スタジオのエンジニアとやりとりもしてきましたし、我々設計がスタジオに行って、その音を聴いて、“音楽に対して、音質の重要なところはなにか”を参考にさせていただくこともあった」という。

そして「ソニー外部の、有名なエンジニアさん達とコミュニケーションを深めることで、“音楽のこの部分がしっかり再生できていないとダメ”など、多くの意見をいただいた。その要望を、技術でクリアする。そのブラッシュアップを重ねることで、アーティストが意図している音質を、ヘッドフォンでより再生できるように落とし込んだ製品がWH-1000XM6です」と語った。

大きく進化したNC性能

ノイズキャンセリングを担当した伊藤氏は、WH-1000XM5からマイクを増やす、WH-1000XM6では外側に8個、内側に4個と、12個のマイクを搭載し、ノイズの集音性を高め、より精度の高いNCが可能になった事を説明。マイクも12個となると、ノイズをリアルタイムで解析する処理が膨大になるが、新開発のQN3プロセッサーの高い処理能力を活かす事で、実現が可能になった。「研究開発、半導体設計、商品設計の3部門が協業した大きな成果」(伊藤氏)だという。

ノイズキャンセリングを担当した伊藤氏

「360 Upmix for Cinema」を手掛けた山嶋氏は、「6年をかけて開発した、私の血が入っている機能。そこがどこであっても、あなたの映画館になる機能」と熱く360 Upmix for Cinemaを紹介。「映画館で体験している体感を再現する機能。映画を再生する際に、やはり2chでは立体感が乏しい。360 Upmix for Cinemaを体験していただくと、前方のスクリーンから音が出てくる様子や、後方にも広がるサウンド、そして立体感を感じていただけるはず」と、完成度に自信を見せた。

「360 Upmix for Cinema」を手掛けた山嶋氏

プロダクトデザイン担当の隅井氏は、WH-1000XM5ユーザーの声も含め、様々な人の意見を参考にしつつ、WH-1000XM5でやりきれなかった要素にも挑戦し、WH-1000XM6のデザインが完成した事を説明。

シンプルさを追求しつつも、「収納ケースにジッパーを使わず、片手で開けていただける事。また、収納されたヘッドフォンを右手で掴み、そこから、ゴチョゴチョと持ち替えたりせずに展開でき、スムーズに装着していただける事にもこだわった」という。

プロダクトデザイン担当の隅井氏

インターフェイス面でも、NCボタンは細長いが、電源ボタンは丸くするなど、ボタンの区別がしやすくなった。「WH-1000XM5では、削ぎ落とす事にフォーカスして造形がシンプルになったが、左右がわかりにくいとか、ボタンがわかりにくいといった意見も頂いた。そういう部分もWH-1000XM6では改善した」という。

電源ボタンは丸くなり、NCボタンと区別がつきやすくなった

さらに「イヤーパッドの縫い目を後ろ側だけに持ってきて、ヘッドフォンを前から見た時にキレイに見えるようにしたり、装着した時にイヤーパッドが横から飛び出ないようにしたり、数が増えたマイクを目立たせないようにアルミメッシュガードをつけてディテールを少なくし、キレイな面が続いているように見せている」といったこだわりポイントも解説した。

イヤーパッド

アーティストもWH-1000XM6のサウンドを体験

アーティスト、Kucciさん

イベントには、映画「女神降臨」の主題歌「ときめき」を書き下ろしたアーティスト、Kucciさんがゲストとして登場。アコースティックギターの弾き語りで、「ときめき」や、「女神降臨」の劇中歌「特別なんて」、Aimer「カタオモイ」のカバーなどを歌い、それを録音する様子を披露した。

Kucciさんが弾き語りしたブース

いきものがかりや、LiSA「紅蓮華」、坂本真綾「色彩」なども担当したアレンジャーの江口亮氏が、彼女の楽曲のアレンジも担当。江口氏は「声が特徴的で、歌詞が前へと飛んでくる。その声の節々にまで、しっかりと表現がある」と彼女の実力を評価している。

左がアレンジャーの江口亮氏

そんな江口氏は、WH-1000XM6のサウンドについて「スタジオのラージスピーカーで聴くと、バーン! と、量感のある音がせり出して来るのですが、そんなラージスピーカーで鳴らしたような感覚が、ヘッドフォンでも味わえるのがWH-1000XM6」と語る。

スタジオのラージモニター

さらに江口氏は、ヘッドフォンの好みとして「フラットな音のヘッドフォンが良い時と、より音楽を盛り上げて欲しい時があり、その2つの基準を行ったり来たりしています。今回のWH-1000XM6は、まさに“音楽を盛り上げてくれるヘッドフォン”」と評価。

また、「イヤーパッドの装着感が信じられないほど良い。これならば長時間装着しても、負担が少ない。音楽制作で使ったら、ずっと音楽を作っていられそう」と笑った。

Kucciさんは、「今まで、ヘッドフォンの音に関して“臨場感”って言葉を聞いてきましたが、抽象的で、人によってとらえ方が違うので、どんなものかよくわからなかった。でも、WH-1000XM6を聴いて“臨場感ってこれか!”と、驚きました」と語る。

サウンドがリアルなため、「自分の曲を聴くと、収録していた時の事を思い出しました」と笑う。

360 Upmix for Cinemaも体験したKucciさん。「バイクが走るシーンでは、その位置も、音でよくわかりました。まるで自分がそこにいるかのような感覚を味わえました」と評価。WH-1000XM6のデザインについては、「プラチナシルバーが可愛くてお気に入りです。私は髪を染めていますが、どんな色にもマッチしそうだし、装着感も良くて、耳にピアスをしていても、食い込んだりしないで快適です。装着して街を歩いている時に、窓ガラスにWH-1000XM6が映って見えたら、それだけで気分がアガると思います」と気に入った様子だった。

音を聴いてみた

短時間だが、WH-1000XM5とWH-1000XM6を比較試聴したので印象もお届けする。

左からWH-1000XM6、WH-1000XM5

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」のような、アコースティックな楽曲を聴くと、微細な音の描写力が、WH-1000XM6の方が進化しており、演奏前にスッと息を吸い込む音などが、より細かく聴き取れる。有線ヘッドフォンの高級機である、“今まで聞こえなかった音が聞こえてくる”体験が、ワイヤレスでも味わえるのがWH-1000XM6だ。

低域も大幅に進化しており、アコースティックベースの沈み込みがより深く、それでいてタイトに描写される。WH-1000XM6の低音を聴いたあとで、WH-1000XM5に戻ると、ちょっと低音がボワッと膨らむように聴こえてしまう。

このクオリティの高い低域描写により、「米津玄師/KICK BACK」のような激しい楽曲を聴くと、フロア型スピーカーの前に、かぶりつきで座り、パワフルな中低域の音圧を浴びているような感覚になる。これは気持ちの良いサウンドだ。

驚異的なのは、これだけパワフルで肉厚な中低域を再生しながら、高域がまったく埋もれず、むしろWH-1000XM5より、WH-1000XM6の方がクリアに聴き取れる事。音楽の美味しさを、より美味しく味わわせてくれる。これが“マスタリングエンジニアと共創”の大きな効果なのだろう。

最後に「360 Upmix for Cinema」を、映画の2chコンテンツで体験したが、こちらも効果は大きい。映画館のような反射音が加わる事で、音場が広大になり、部屋が広くなったような気分で映画が楽しめる。特筆すべきは、その状態でも、セリフやバイクのエンジン音、金属がぶつかる鋭い音など、細かな直接音が不明瞭にならず、しっかりと聴こえる事。そのため、“響きを追加しただけのボワボワした音”にはならず、“ホームシアターヘッドフォン”と呼んでも良いと感じるほど、本格的なサラウンドサウンドが楽しめる。こうした細かな音の明瞭さを維持するために、AI学習も積極的に活用しているそうだ。

山崎健太郎